暮らしのエッセイ

今、できていることは貴重でかけがえのない時間のようです。

バレエを踊りたい。

3歳から12歳まで9年間バレエを習っていた。

自分から「やりたい」と言ったそうだが、もちろん3歳なので覚えていない。

親がとても厳しかったため、踊っても褒められた記憶がない。
2年に1回しかない発表会も毎回厳しく言われたのか、すべての写真でブスッとした表情で写っている。

そんな感じで、別にそこまで下手だったわけでもないが、モチベーションもなく9年間、毎週憂鬱な木曜日を過ごしていた。

 

12歳になったときにHIPHOPダンスをはじめたと同時に、バレエに対する嫌気が最高潮になったので、親にお願いしてやめさせてもらった。

何度も喧嘩して、何度も泣いたけど。
やっとのことで辞めた。

でも、そんなに嫌で辞めたくてお願いまでして辞めさせてもらったバレエを今更ながら、踊りたいと思う。

小さい時はそのバレエの美しさとか、表現の楽しさとか、まったく気づかずなんとなーく踊っていた。

でも、26歳になり表現することの楽しさ
練習により鍛えられた身体の美しさ
そんなものに気づいた。

いや、もっと前から気づいていたと思うが
そのときはギリギリまだなんとなく踊れていた時期でもあった。

しかし、ここ数年で身体はがらっと変わってしまい。
開脚もできない、長座前屈もできない、腰だって痛いし、身体の節々が痛い。

辞めたくて泣いたあの時は、いつでも踊れるってどこかで思ってたし
大学に入っても自分の身体を使っていつでも表現できると思っていた。

でも、この年齢になって「あの時間はかけがえのない時間だった」ということに気づく。

アスリートが引退する気持ちもよくわからなかったのに、今はよくわかる。
今まで出来たことが全くできない。

自分がやりたい表現に身体がついていかない。
気づいたときには、もう、できないのだ。

私がこんなに思うのだから、身体がついていかなくて引退するアスリートやダンサー達はもっと辛いだろう。

きっと今、何気なくできていることも、未来の私からしたらとても貴重で素敵でかけがえのない時間なのかもしれない。

そんなことを思ったのでここに記しておく。