暮らしのエッセイ

自分を肯定してくれる作品たちに救われる

小さい時から漫画が大好きでした。今も毎日のように読むし、今まで読んできた漫画の冊数は1万冊は超えてると思います。

その中でも何百回も読んでいるような漫画もあるし、この漫画なら1冊に1万円出してでも続きが読みたい!と思えるぐらい好きな作品もあります。

そんな好きな作品がいくつかあるんですが、今まで自分がなぜこの作品たちを好きかということについて考えたことがありませんでした。なんか好き。そんな言葉で終わってました。

でも、最近になってなんで好きかという長年の疑問に答えが出ました。

私が好きな作品って自分の気持ちを代弁してくれている作品なんだと気づいたんです。

それは漫画だけに限らず、映画やアニメ、小説なんかも同じです。

そんなのそうに決まってるでしょ!と言われればそうなんですが、最近になって「あぁ、私が愛している作品たちは私が自分でも気づいていなかった感情を教えてくれる作品ばかりだ」と気づいたのです。

 

漫画を読んでいてそんな私の気持ちを代弁してくている作品に合うと読んでいて涙がでそうになるぐらい嬉しくなるのです。

 

じゃあ、なんでそんな作品が好きかと言われるとあると理由があって。
わたしはある時期から自分の考えたことや行動に自信がもてなくなったんですね。

昔は「これでいいんだ!」と誰に言われるでもなく「これはこう!」っていう気持ちが強かった。でも大人になってだんだんとそんな自信がなくなってきて「これはきっとこうなんだろうけど本当にそうなんだろうか」と自分の気持ちを自分で「それでいいんだよ」と後押ししてあげることが減りました。

そんな中で好きな作品に触れると「わたしはこれでいいんだ」と思えるし、「あぁ、私ってこういう感情もあったのかも」と別の角度から気づくこともあります。

先程も言いましたが、自分でも気づいていなかった自分の感情を作品として上手く表現してあると自分が今まで抱えていた疑問や問題や腑に落ちてないことが浄化される気がするんです。そしてそんな作品に対して「なんでわたしのことそんなにわかるの!?」とついつい語りかけたくなるぐらい好きになってしまいます。

たぶん「わかってもらえた」という感動が大きいからだと思います。

これは小さい頃に両親から与えてもらう感情だと思いますが、わたしはその体験がとても少ないのでそんな作品に出会うことで「わかったもらえた」という体験を増やしたいのかもしれません。

いままで「誰も私のことなんかわかってなんかくれない!」とひねくれていた期間が長かったこともあり、そんな「わかってもらえている」という作品があることってとても重要なことだと思うんです。

それは現実世界で「自分のことをわかってくれている存在」に出会ったから気づいた感情でもあります。生きていて1人だけでも自分のことを「わかってくれてる」存在がいることの心強さ。無意識にわたしはその心強さを漫画や映画などの作品に求めていたんだなと。

 

そう考えると私がやりたいことのひとつって「誰かの気持ちをすくい上げてなんとか言語化していこと」と気づきました。なんかこの気づきが妙に腑に落ちて。読むだけで自分を1つ肯定してあげれる文章を書きたいな、と漠然と思ったんです。

もちろん私が書く文章で誰しもが「わかる」と思うなんて思ってませんが、いままでモヤモヤと考えていたことを「あ、そういうことだったんだ」って思える人が1人でもいればそれはとても嬉しいだろうなと思います。

やっぱり漫画や映画、小説などは偉大だし、面白いですね。こうやっていろんなことを気づかせてくれる。
一生好きなんだろうなぁ。今も新刊のキングダムを手に入れてワクワクしています。早く読もうっと。